日産応援団とは?
日産応援団は1996年にnismoが参戦したLe Man24時間レースの観戦ツアーに参加したClub Le Man(現在Club nismo)のメンバーによる24時間にもおよんだ応援活動がその始まりです。その翌年には1996年に参加したメンバーの多くが日産自動車のコーポレートフラッグの大旗を持ち込み、日産応援団旗の基に大々的な応援活動を行い、翌1998年にはNISSAN R390 GT1の3位表彰台そして参戦した4台全てがTop10に入るという偉業を達成するための微力ながらも原動力となりました。しかしながらその翌1999年NISSAN R391の参戦を最後に日産応援団のル・マン24時間での応援活動を休止することとなりました。同年富士スピードウェイで開催された『プチ・ル マン富士1000Km』でNISSAN R391の応援のため、日本国内での初めてとなる応援活動を行ないました。その翌2000年にはもてぎサーキットを皮切りに国内での本格的な応援活動を開始したのです。
当初は、数名での応援活動ではありましたが、徐々にその輪は広がりnismo、日産そしてチームスポンサーの協力によりグランドスタンドのファンを巻き込む大々的な応援活動に発展するまでに至りました。 ここに至までの道程は決して平坦なものではなく、これまでに参加してくれた沢山の仲間達に支えられて成長し、そしてその協力無くしては、今日の日産応援大応援席は存在していなかったでしょう。
そんな仲間達が、応援活動に協力してくれたのは日産(チーム・ドライバー)を愛する熱き心そしてモータースポーツを愛するからこそです。
これからも、沢山のモータースポーツファンにこの楽しさを、そしてチームにドライバーに応援されることの喜びを感じてもらい、未来栄光モータースポーツが繁栄していく為に活動していければと思っております。
基本方針
私たち日産応援団は、次のことを基本方針とします。- 日産チームの応援活動に重点をおきます
- カッコいいと感じてもらえる応援団を目指します
- 応援団としての自覚を持った行動に心がけます
- 日産応援団旗(NISSAN旗)を基本に、チームフラッグまでを基本の応援団旗とし、全ての応援旗は日産車がレースをしている限り、決して諦めることなく最後まで振り続けます
- ライバルチーム、ライバル応援団に不愉快な態度はとらない
- 応援団への参加希望者は、快く受け入れます
- 仲間との挨拶を大切にし、グランドスタンドのファンとの挨拶にも心掛けます
- 仲間を大切にします
- 準備、後片付けを特段の理由が無い限り、協力します
- レース終了後のグランドスタンドの清掃に心がけます